大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(特わ)1044号 判決

被告人

1.

本店所在地 東京都渋谷区宇田川町四番七号

三共開発株式会社

(右代表者代表取締役 河村三郎)

2.

本籍 山口県山口市黄金町一一六番地

住居

東京都大田区田園調布三丁目三五番七号

職業

会社役員

河村三郎

大正一三年九月一六日生

被告事件

法人税法違反

出席検察官

河内悠紀

主文

1. 被告会社三共開発株式会社を罰金三、五〇〇万円に、被告人河村三郎を罰金五〇〇万円にそれぞれ処する。

2. 被告人河村において右罰金を完納することができないときは、二万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社三共開発株式会社は、東京都渋谷区宇田川町四番七号(昭和四四年五月三〇日までは東京都渋谷区上通り四丁目二〇番地)に本店を置き、土地の造成・分譲等を営業目的とする資本金四、〇〇〇万円、(設立当初一〇〇万円であつたが、その後昭和四〇年五月二二日四〇〇万円、同四三年一月六日一、〇〇〇万円・同四五年九月二六日四、〇〇〇万円に遂次増資した)の株式会社であり、被告人河村三郎は、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人河村は被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外預金を設定し、あるいは仕入の水増を行なつて架空の未払金を計上する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四二年六月一日から同四三年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五六九、三六四、七二五円であつたのにかかわらず、昭和四三年七月三一日東京都渋谷区宇田川町一番三号(ただし昭和四五年一月一日住居表示実施以前は同町二八番地)所在所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が、一六四、六一〇、七六一円でこれに対する法人税額が五四、七二六、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額一九六、三八一、七〇〇円と右申告税額との差額一四一、六五四、九〇〇円を免れたものである。(なお右所得の内容は別紙一の修正損益計算書のとおりであり、税額の計算は別紙二の税額計算書のとおりである。)

(証拠の標目)(かつこ内は立証事項であり、数字は別紙一の修正損益計算書の勘定科目の番号である。)

一、登記官作成の登記簿謄本(全般)

一、次の者の検察官に対する供述調書

1. 正司五郎(二通)(全般)

2. 佐々木和義(昭和四五年一〇月二九日付)(全般)

3. 佐々木和義(昭和四五年一〇月三〇日付)(1)

4. 伝敏三(全般)

一、次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

1. 伝敏三(昭和四四年四月七日付)(18)

2. 手塚彌太郎(41)

3. 早津幸夫(59)

一、大蔵事務官作成の次の調査書

1. 売上除外金額調査書(本社分)(1)

2. 第三期東京本社分仕入およびたな卸高調査書(2、5)

3. 第四期東京本社分仕入およびたな卸高調査書(4)

4. 大阪支社42・5・31期たな卸調査書(2、5)

5. 大阪支社43・5・31期仕入・たな卸調査書(4)

6. 交際費支出関係調査書(56)

7. 寄附金支出関係調査書(59)

一、次の者の作成した上申書

1. 被告会社監査役経理部長正司五郎(二通)(3)

2. 被告会社大阪支社長佐々木和義(18、20、37、40)

3. 野武栄太郎(37)

4. 望月丈二(41)

一、次の者の作成した証明書

1. 株式会社幸福相互銀行梅田支店長榎本光正(38)

2. 世田谷信用金庫本店長松本茂年(38)

3. 株式会社協和銀行堂島支店長江島厳(38)

4. 株式会社三和銀行大阪駅前支店長吉田光世(38)

5. 渋谷税務署長小池辰男(43、44、46、47)

一、渋谷税務署長作成の法人税申告書(修正)写の送付書

一、押収してある次の証拠物(昭和四六年押三〇七号)

1. 第四期総勘定元帳一綴(符号3)(全般、特に5)

2. 第一期、二期決算書綴一綴(同9)(35)

3. 第三期決算書綴一綴(同10)(61)

4. 総勘定元帳一綴(同17)(全般、特に5、41)

5. 金銭借用証書等一袋(同23)(38)

6. 第二期諸勘定補助簿一綴(同26)(59)

7. 法人税確定申告書一綴(同30)(全般)

一、被告人河村の検察官に対する次の供述調書

1. 昭和四五年一〇月二三日付(全般、特に37、38、41)

2. 昭和四五年一一月五日付(60)

一、被告会社代表者兼被告人河村の当公判廷における供述

(法令の適用)

1. 罰条 被告会社につき法人税法一五九条、一六四条一項被告人河村につき同法一五九条(罰金刑選択)

2. 換刑処分 刑法一八条

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 松本昭徳)

控訴趣意書

法人税法違反 河村三郎

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四六年四月二四日東京地方裁判所刑事第二五部が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四六年六月二二日

東京地方検察庁

検察官 検事 高瀬禮二

東京高等裁判所第一三刑事部 殿

原判決は、罪となるべき事実として公訴事実をそのまま認定したうえ、検察官の求刑懲役一年に対し、「被告人を罰金五〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。」旨の判決を言い渡したものであるが、右刑の量定は著しく軽きに失し、不当であるからとうてい被棄を免れないと思料する。その理由は次のとおりである。

一、本件は、被告人が三共開発株式会社代表取締役として同会社の業務に関し法人税をほ脱した事犯で、ほ脱税額は極めて高額であり、ほ脱の動機、手段方法の面からみても量刑上特に宥恕すべき理由はない。

1. まず、ほ脱税額についてみるに、被告会社の昭和四二年六月一日から同四三年五月三一日までの事業年度における実際税額は一九六、三八一、七〇〇円であつたのに申告した税額はわずか五四、七二六、八〇〇円であつてその差実に一四一、六五四、九〇〇円を免れたいという極めて高額なほ脱事犯である。

ちなみに昭和四四年一月から昭和四五年一二月までの二年間に当庁が公判請求をした法人税法違反事件合計二七件(本件を含む)のほ脱税額は、三、〇〇〇万円未満一二件、三、〇〇〇万円以上五件、五、〇〇〇万円以上五件、一億円以上五件となつており、本件は、最近における同種脱税事犯の中では最大の事犯に属するものである。

いうまでもなく、申告納税制度のもとにおける所得税法、法人税法等の直接国税ほ脱犯は国民の納税道義を破壊し、国家の財政的基盤を危殆ならしめる反社会的、反道義的犯罪であつてその刑事責任は厳しく追求されてしかるべきものであるが、特に本件は前記の如く、そのほ脱税額において、極めて高額の事犯であつて、その動機、犯行の手段方法等の如何を論ずるまでもなく、ほ脱税額の面からしても反社会性ないし反道義性の高度の事犯であり、当然懲役刑が選択されてしかるべきものである。

なお附言すると前記二七件中すでに第一審において判決の言い渡されたものが一七件(本件を含む)あるが、このうち一三件については行為者に対して懲役刑(いずれも執行猶予づき)が言い渡され、本件を含め四件についてのみ行為者に対し体刑を求刑したのに判決で罰金刑の宣告があつたのであるが、その四件中本件を除いた他の三件は、ほ脱税額が夫々約二、八〇三万円(後記新榮開発株式会社野武榮太郎-求刑懲役四月-判決罰金一〇〇万円)、二、七七六万円(株式会社栗橋ブラザース栗橋正男-求刑懲役四月-判決罰金一四〇万円)、八三六万円(株式会社辰己屋松本勝義-求刑懲役三月-判決罰金四〇万円)の事案であつて、そのほ脱税額は本件と比較してはるかに低額のものであり、その他の犯情としても特に悪質のものとはいえず、検察官の求刑自体も懲役四月、三月という短期の求刑であつたものであるから、右三件の判決結果については必らずしも満足すべきものとは思料しなかつたが、あそて控訴するまでもない事案であるとして控訴せず確定した事案であつて、本件を除けば、裁判所も直接国税ほ脱犯に対し厳しい刑事責任を追求する姿勢を示していることを物語つているものである。

2. 本件脱税の動機について被告人は「積極的にほ脱を企図したものではなく、資金繰りがつかなかつたため、一時、所得を関連会社の三共ハウス株式会社に移し、納税を延期したものである」旨の主張弁解をしているが、三共開発株式会社の起訴対象年度の所得を三共ハウス株式会社名義で現実に申告納税した事実はなく、また仮りにこれを三共ハウス名義で申告納税したとしても、それこそ正にほ脱犯における「偽りその他不正の行為」であつて、第三者たる三共ハウスの申告納税が納税義務者本人たる三共開発株式会社の申告納税としての効果を発生しないものであることは、さきに(昭和四六年三月三〇日)最高裁判所判決が明示するところであり、また、いわゆる所得の繰延べを認めることとなれば、たとえば次年度において欠損を生じた場合には結局当然申告納税すべき税金を全く申告納税しないですむという極めて不合理な結果を招来することとなりその不合理なことはいうまでもないところであつて、右の主張弁解は事実上も理論上もなんら酌量すべき情状ではない。

およそ事業を営む以上資金繰りの困難は常に伴うものであり、そのために過少申告をしたり利益の繰延べを行なうがごときことが許さるべき理由もなく、また当時被告会社が実際に資金繰りがつかなかつたため事業閉鎖乃至倒産等の危険にさらされたという事実は全くないのであるから本件犯行の動機において特に宥恕すべき理由はない。

3. 本件脱税の主たる手段方法は、売上除外と仕入金額の水増しであるが、これらについていずれも伝票、仕入帳等の帳簿類の一部を改さんし仮装工作を行なうのみならず、さらに被告人は架空支払利息の計上先に対し、税務当局の調査のあつた場合にはこれに照応する供述をして貰い度い旨の依頼をなす等の積極的行為も行なつておるのであるから(正司五郎、佐々木和義被告人の各検察官調書、手塚弥太郎の質問てん末書、望月丈二の上申書記録三三丁、三四丁表、三七丁、三八丁、一〇三丁、一〇五丁、二三三丁裏、二三四丁表、二三八丁、三四三丁)ほ脱の手段方法において悪質な面は認め得ても宥恕すべき理由は全くない。

二、本件は公判廷において被告人が卒直に事実を認め、ほ脱税額もほぼ完納しているがそれは当然のことであつて前記の如く本件のほ脱税額が高額であること、動機、手段方法等を勘案すれば、右の事情は、被告人に対する懲役一年の求刑をしりぞけて特に罰金刑を科する情状とはとうていなし得ない。

しかるに原判決が罰金刑を選択したのは推察するに「被告人が禁錮以上の刑に処せられることになれば、三共開発株式会社は宅地建物取引業法第二〇条第一項第三号、第四条第一項第三号により宅地建物取引業の免許を取り消されることになり、同社の経営上手痛い打撃を受けることになる」という被告人の嘆願を斟酌したためとしか考えられない。

なるほど、三共開発株式会社の役員である被告人が、たとえ執行猶予付であつても禁錮以上の刑に処せられてなお同会社の役員としてふみとどまろうとすれば、宅地建物取引業法の規定上当然同会社の宅地建物取引業の免許が取り消されて宅地建物取引業を継続して営むことができなくなることは事実であるが、次に述べるように住宅問題が現在のわが国の国民生活にとつて最も重要な問題であることからして右の規定は当然の措置であつて、右規定あるが故に被告人の刑責を罰金刑におとすというのは、宅地建物取引業法ならびに法人税法の趣旨を没却し租税公平の原則を無視した不当な判断といわざるを得ない。

1. そもそも宅地建物取引業法が昭和三九年の法政正により特に免許制度を採用し、その免許取得に一定の基準を定め、これに該当するものだけに免許を与え、また免許を与えた後において右基準に該当しない事項が発生した場合は免許を取り消さなければならないとしているのは、国民の貴重な財産で日常生活上欠くことのできない宅地や建物の売買、媒介等を業とする宅地建物取引業者のもつ社会的使命、国民生活に及ぼすところの重大性に鑑み、これを営もうとするものにこの社会的附託に応えるだけの自覚と責任を負わしめようとしたからである。そして同法第四条第一項第三号、第六号及び第二〇条第一項第三号において、「法人の役員のうちに禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者があるときは当該法人に対し宅地建物取引業の免許を与えず、あるいはこれを取り消す」と規定したのは、犯罪の如何をとわず、いやしくも禁錮以上の刑に処せられた後間もない者が役員をしている法人に対しては右のように国民生活に重大な影響を及ぼす宅地建物取引業を安心して任すことが出来ないとの要請に基づくものであつて、同法の目的に照し当然の規定である。

本件は宅地建物取引業の免許を有する三共開発株式会社の代表取締役である被告人が同会社の業務に関し、多額の法人税を免れたものであるから、被告人の右行為が懲役刑に相当する以上、被告人が同会社の役員としてふみとどまる限り同会社の右免許が取り消されるべきであることは宅地建物取引業法の趣旨からしてむしろ当然のことである。これを原判決が右免許の取り消しを免れしめたるために懲役刑にかえて罰金刑を選択したということであれば、本末転倒も甚しいと言わざるを得ない。

2. 原判決は、他の宅地建物取引業者の同種事犯に対する量刑に比しても甚しく公平を欠き、正義に反するものである。

宅地建物取引業者の直接国税ほ脱事犯について東京地方裁判所が昭和四五年中に判決を言い渡したものは別紙のとおりであり、新榮開発株式会社の野武榮太郎をのぞき、その余の行為者に対してはいずれも懲役刑を言渡している。これら懲役刑の言渡しのあつた事犯はそのほ脱税額において、いずれも本件に比し著しく少額であり、また犯行の動機・手段方法においても特に悪質というものでもないのであるから、これらの事件に比し原判決の量刑は甚しく軽く、公平を欠くものといわざるを得ない。

わが国においては依然として多数の国民大衆が住宅難に苦しめられているのが現状であり、宅地・建物の需要が多く、これらの取引は今後益々盛んに行なわれ、それに伴つて巨額の利益を得ている宅地建物取引業者の直接国税ほ脱事犯があとをたたない虞れのあるとき、原判決が先例となつて、右業者のほ脱事犯につき常に罰金刑を言い渡さざるを得ないこととなれば、すでに判決のあつた前記の各業者との公平を欠くことになるばかりでなく、前記宅地建物取引業法の立法趣旨は全く無視され、著しく正義に反するものといわざるを得ない。

3. 原判決は、宅地建物取引業者以外の者の直接国税ほ脱犯の行為者に対する量刑との権衡を失し、正義に反する。

さきに述べたとおり、わが国における住宅問題の重要性に鑑み、宅地建物取引業は免許制度とされ、宅地建物取引業者(業者が法人である場合はその役員)が犯罪を犯し、体刑を受けた場合にはその免許を取り消すという厳しい規定を設けたのであるから、宅地建物取引業法の趣旨からして宅地建物取引業者は宅地建物取引業法等直接関係法規を遵守するのはもちろん、その他の法令をも遵守してこれに違反することのないことを強く要請されているものというべく、従つて宅地建物取引業者が体刑に相当するような刑罰に触れる行為を犯した場合には、たとえそれが直接関係法令以外の法令に違反する場合であつても、宅地建物取引業に従事しない者が右の犯罪を犯した場合となんら差別することなくその犯罪自体の犯情から考察して相当の刑罰を科すぺきが当然であつて、宅地建物取引業者なるが故にその刑責を軽減するというのであれば全く事理に反することであつて看過することはできない。

前記のとおり、直接国税ほ脱犯の行為者は、宅地建物取引業に無関係な者であつても、その大部分が懲役刑の言い渡しを受けているのがこの種事犯に対する刑事裁判の実状であるのに、本件のごとき高額悪質なほ脱犯の行為者たる被告人に対し検察官求刑の懲役刑をしりぞけて罰金刑を選択した原判決は、宅地建物取引業者以外の者のほ脱犯に対する量刑との権衡を著しく失するものであつて正義に反する。

以上いずれの点を考慮しても罰金刑をもつて処断した原判決の量刑は軽きに失し、不当であると確信するものである。

よつて原判決を破棄し、さらに相当の裁判を求めるため本件控訴に及んだしだいである。

〈省略〉

右は謄本である。

前同日同庁

検察事務官 水野光昭

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例